診療録の改ざんを疑われないために──
手書きカルテ・電子カルテの追記・訂正と裁判例を解説
広島で医療法務に力を入れている大元・秋山法律事務所の弁護士が解説
医療機関では、診療録の中身だけでなく、「いつ、誰が、どう書いたか」も後で問題になります。手書きカルテなら訂正の仕方が不自然なだけで「改ざんでは?」と疑われる。「今のご時世、医療記録の改ざんなんてするわけないでしょ・・・」と言いたくなる医療者がほとんどだと思いますが、患者が問題提起を行い、裁判所が疑念を頂けば、真実は改ざん等していなくとも改ざんが認定されてしまうことがあります。
公開裁判例でも、「書いていない治療は実施していない」と判断された事案、後日の追記が改ざんと評価された事案が珍しくありません。
カルテの修正・追記に関する問題は極めて簡明であり、修正箇所を修正箇所として第三者が認識できるような状態に置く(余力があれば修正が必要となった理由も一言添える)追記についても追記をした場所・追記日時・追記を行った理由を一言添え、追記であることが明示できるような状態に置くことが重要であるとまとめることができます。
SECTION 01
まず結論──
改ざんを疑われないための5原則
①
できるだけ当日中に記載
診療した内容は遅滞なく。後から書くほど疑われる
②
追記・訂正は「そのこと自体」が分かる形で
後日記載なら後日記載であることを分かるようにする
③
手書きカルテは元の記載が読める形で訂正
修正液・黒塗り・原本破棄は厳禁
④
電子カルテは更新履歴・ログ・代行入力を保全
履歴が残らない設定のまま運用しない
⑤
苦情・事故・カルテ開示請求の後は、安易に過去記録を上書きするような疑われるようなことはしない。
裁判においても追記を追記として記載していても(紙カルテにおいてメモを貼付する等)しても、裁判所より、「この追記はいつなされたものですか?患者側から何らかの
この5点を外すと、診療内容の当否以前に、記録そのものの信用性が崩れます。
SECTION 02
「書いていない」は
「やっていない」と判断されることがある。
医師法24条1項は、診療したときは遅滞なく診療録に記載しなければならないと定めています。療養担当規則22条も同趣旨です。診療録は診療経過の記録であり、診療報酬請求の根拠です。だから裁判では、「やった」と言うならカルテに痕跡があるはずだ、と見られます。裁判所からすれば、医療訴訟提起前のカルテこそ第1級の証拠書類という理解だからです。
裁判で「やったはず」が通らなかったパターン
「問診した」と言うが
問診票・依頼票・カルテに痕跡がない
「説明した」と言うが
説明内容・相手・反応が残っていない
「観察した」と言うが
時刻、所見、対応が残っていない
「指示した」と言うが
誰に、何を、いつ指示したか残っていない
SECTION 03
「記載がない」ことで
医療側が負けた裁判例
裁判例 1|東京地裁 平成15年4月25日
「問診の記載がない」→ 問診をしなかったと認定
造影剤投与前の問診が争われた事案。カルテにも依頼票にも問診の記載がなく、裁判所は問診を実施しなかったと認定しました。「重要な問診について記録がないこと自体から不実施を認定した」点が非常に重い。とくに造影剤投与、アレルギー確認、既往歴確認のような高リスク場面では、問診内容を短くても具体的に残す必要があります。
裁判例 2|東京地裁 平成30年3月22日
体位交換の記録なし → 実施を認めてもらえず
褥瘡事案で、体位交換をいつ行ったかの記録がなく、時間を記録して看護師間で共有する具体的な仕組みも認められないとして、病院側が主張する頻度での実施は否定されました。褥瘡や発赤の発見時期についても、診療録に記載がないことから病院主張より遅いと認定。
この事案は看護場面に重い教訓を残しています。褥瘡防止のための体位変換のように、医療者が日常的にルーチンで行っている業務であっても、記録がなければ「実施していなかった」と判断されかねない。「やって当然」の業務ほど、記録が抜けやすく、抜けたときのダメージが大きい。
💡 裁判で強い診療録とは
長いカルテが強いわけではありません。問題は量ではなく、重要な場面で判断・説明・指示・反応が自然に残っているかどうかです。
上の2つの裁判例に共通しているのは、「やった」と言っても記録にない以上、裁判所は信用しないということ。造影剤投与前の問診のような一回性の重要場面だけでなく、体位変換やバイタル観察のような日常的なルーチン業務であっても同じです。むしろルーチンだからこそ、「当然やっているはず」という思い込みで記録が抜け、後から証明できなくなる。
毎回意識したいのは、① 何を見て判断したか(所見)② 何を説明したか ③ 相手の反応 ④ その後どうしたか。この4点が時間軸に沿って残っていれば、簡潔でも裁判では強い。
現在は多くの医療機関で電子カルテが導入され、更新履歴が管理されていることから、意図的な改ざんは通常考えにくくなっています。しかし、患者側から改ざんの主張がなされること自体は未だ多い。履歴が残らない設定のまま運用していたり、代行入力と承認の区別がない運用をしていると、「改ざんしていない」ことの立証が難しくなります。電子カルテを入れていること自体が安全を保証するわけではありません。
SECTION 05
手書きカルテの訂正──
やってはいけないこと・正しいやり方
❌ やってはいけない
名作ドラマ『白い巨塔』(田宮二郎版ではなく、唐沢寿明版の方です)でも描写があり、証拠保全に訪れた弁護士が修正液で消された文言を日の当たる窓ガラス越しにカメラで写していました。
- 修正液で消す
- 黒塗りで読めなくする
- 破って差し替える
- 別紙を後から綴じ、元の日付の記録に見せる
- 数字の上からなぞって元を読めなくする
⭕ 望ましい方法
原則はシンプルです。修正を修正と認識でき、追記を追記と認識できれば問題ない。ということです。具体的には:
- 元の記載が読める一本線で抹消
- 近くに訂正内容を書く
- 訂正日・時刻・訂正者を明記
- 後日記載なら「後日記載」であると明示
- 追記理由があれば簡潔に付す
📝 手書きカルテで使える記載例
「○年○月○日○時の診療内容について、○年○月○日○時に追記」
「誤記訂正:旧記載『36』、正『56』。訂正者○○、訂正日時○○」
「記載漏れのため追記。診察時の所見は以下のとおり」
SECTION 06
電子カルテで見直すべき4つのポイント
厚生労働省「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン第6.0版」は、電子保存における真正性・見読性・保存性を求めています。入力者・確定者の識別、更新履歴の保存、代行操作の承認機能がポイントです。
医師・看護師・事務・クラークでID共用しない。代行の便宜で医師IDを他職種が使うのもNG。パスワードを端末に貼らない。未だに医療機関において病棟師長のID・パスワードでログインをしっぱなしで電カルの入力をしている現場があるやに聞きますが、好ましいことではありません。
追記(後から補足)、訂正(誤記修正)、後日記載(当日入力できなかった分)──それぞれ異なる操作として運用管理規程に明記する
まず院内責任者に共有。修正が必要でも上書きではなく追記方式を基本に。監査ログ・アクセスログ・更新履歴を保全する
更新履歴が残るか、更新前後を比較できるか、監査ログの保存期間は十分か、代行入力・承認のログが残るか──古いシステムや診療所向けシステムでは要確認
📝 電子カルテで使える記載例
「以下は○月○日○時の診療内容について、○月○日○時に追記」
「誤記訂正:旧記載『36』、正『56』。訂正者○○、訂正日時○○」
「医師指示に基づく代行入力。入力者○○、確認・承認者○○」
SECTION 07
他記録との整合──
カルテだけ整えても意味がない
カルテの内容がきれいでも、次の記録と食い違えば全部崩れます。
📋
看護記録
🔪
手術記録
💉
麻酔記録
📊
バイタル記録
📑
指示簿
🔬
検査結果
💻
オーダ履歴
🧾
レセプト関連
東京地裁令和3年4月30日判決でも、手術記録や看護記録との不整合がカルテの信用性を下げる重要事情として扱われています。診療録は単体で完結する文書ではなく、周辺記録と整合して初めて信用されると考えた方が安全です。
ただ、実務では不合理だな、と感じる場面があります。一例として、産科におけるおけるAPです。
採点者(医師と助産師で)によって点数に多少の差があることは当然でも、患者側から、医師は児の状態をよく見せようと高めに採点をしているという主張がなされ、裁判所から当該不一致が生じる理由を求められることがあります(主観的なところによるものが多いとの補足をしても)。
その意味において他職種の記録の整合性を完全にとることは困難にせよ、このように曲解されかねないから記録は慎重に行うべきものであること、記載時に疑義がある際には相談をする等の注意喚起は行う実益があります。
SECTION 08
院内ルール化チェックリスト
現場の自主的改善だけでは限界があります。診療科や個人任せにせず、院内ルールにしておくと強い項目:
☐ 診療録は原則当日中に入力
☐ やむを得ず遅れる場合の記載方法
☐ 追記・訂正・削除の定義と手順
☐ 手書きカルテの訂正ルール
☐ 電子カルテの代行入力と承認方法
☐ 苦情・事故・開示請求時のログ保全手順
☐ 監査ログの定期点検担当者
☐ 共有ID禁止、離席時ロック
☐ 履歴付き出力・履歴確認の方法
☐ レセプト記載との整合確認
SECTION 09
FAQ
Q1 後から書き足すこと自体が違法?
追記自体は当然ながら違法ではない。ただし、追記であることを明示せず当初から書いていたように見せると改ざんを疑われ、それが事故を糊塗するために行われたと認定されれば違法と認定される可能性は高まる。追記日時、追記者、追記である旨を残すこと。
Q2 手書きカルテの誤記はどう直す?
修正液・黒塗りはせず、元の記載が読めるように一本線で抹消。訂正内容、訂正日時、訂正者を記載。
Q3 電子カルテなら自動で安全?
そうとは限らない。履歴が残らない設定、共有ID、代行入力と承認の区別がない運用は危険。設定とルールの両方が必要。
Q4 苦情の後にカルテを直してもよい?
必要な補足自体は全く問題ないです。補足が補足として理解されれば問題ありません。まず院内責任者へ共有し、追記方式・ログ保全・修正理由の記録を基本にする。
Q5 記載不十分だと裁判で必ず負ける?
必ずではないが、記載がない診療行為や説明は後から立証しにくくなるのは確か。医療内容の適否とは別に、記録の信用性で不利になることがある。
CONCLUSION
まとめ
①
その場で残す
診療・説明・判断は、その場で記録に残す。「後から整える」は危険
②
追記・訂正を隠さない
後日記載が必要なら、後日記載であることを明示する
③
他記録と整合させる
手書きでも電子でも、周辺記録との整合と更新履歴の管理を徹底
「後から触るほど疑われやすい」。この前提で普段からルール化しておくことが、医療機関を守る最も現実的な対策です。
医療機関の記録管理・紛争対応にお悩みの方へ
カルテの記載ルール整備から
医療訴訟対応までご相談ください
当事務所は長年、広島県を中心に医事紛争対応に継続的に対応してきた弁護士により構成されています。
大元・秋山法律事務所(広島弁護士会所属)
〒730-0013 広島県広島市中区八丁堀11-10 KSビル8階
TEL: 082-221-2221
※本稿は一般的な情報提供であり、個別事案の結論を保証するものではありません。
関連サービス
医療機関向け法務・医療事故対応の詳細はこちら →
