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医療機関は患者の受診を断れるのか?|応招義務と正当事由を広島の弁護士が解説

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医療機関は患者を断れるのか──
応招義務と「診療拒否できる場面」を医療従事者向けに整理

広島で医療法務に力を入れている大元・秋山法律事務所の弁護士が解説

「応招義務がある以上、どんな患者でも診なければならない?」「暴言や暴力があっても、断ったら賠償しないといけないの?」「警告書を出せば次から絶対に断れるのか?」──医療現場では、こうした不安が根強くあります。

しかし、現在の実務は「患者を絶対に断ってはいけない」というものではありません。厚生労働省の令和元年12月25日通知は応招義務の考え方を整理し、もっとも重要な要素は「緊急対応が必要かどうか」だと明言しました。さらに、迷惑行為によって診療の基礎となる信頼関係が失われた場合には、新たな診療を行わないことが正当化され得るとも示しています。

一方で、救急・重症・代替困難な場面では、病院側に厳しい責任が認められた裁判例もある。応招義務は「呪い」でも「免罪符」でもなく、場面に応じた判断基準を持っておくことが大事です。

SECTION 01

まず結論──
応招義務は「無条件で全員を診ろ」ではない

判断の軸は4つです。

緊急性が高いか

最重要の判断要素。緊急なら「事実上不可能」な場合だけ

本当に診療不可能か

設備・人員・専門性で、自院で対応できない事情があるか

代替手段があるか

他院・他科・転院等、患者の受け皿を確保できるか

信頼関係が壊れているか

診療の前提となる信頼関係が、迷惑行為で喪失しているか

💡 要するに:暴言・暴力がある患者でも、重症救急なら「まず安全を確保しつつ必要な医療」が優先。反対に、病状が安定していて、信頼関係が壊れているなら、新たな診療を断れる余地がある。

SECTION 02

応招義務とは何か──
「患者への絶対義務」ではない

医師法19条1項は、正当な事由がなければ診療を拒んではならないと定めています。ただし、厚労省通知も日本医師会も、応招義務は医師が国に対して負う公法上の義務であり、患者に対して直接負う私法上の義務ではないと整理しています。

「じゃあ民事責任もないのか」というと、そうではない。応招義務違反がそのまま損害賠償に直結するわけではありませんが、診療拒否が社会通念上不相当で患者に損害が生じれば、民事責任が問題になります。

現場感覚としては、応招義務を軽く見てよいわけではないが、必要以上に「呪い」のように恐れる必要もない──そのあたりが実務的な立ち位置です。

SECTION 03

診療拒否が認められる場面・
認められにくい場面

場面拒否の可否実務上のポイント
重症救急・緊急対応が必要かなり限定的事実上不可能なときだけ。安全確保しつつ応急対応・受入調整が基本
病状安定・時間外受診認められやすい即時対応までは不要。時間内受診や他院紹介が望ましい
暴言・暴力・居座り等で信頼関係が壊れている認められ得る緊急性が低いこと、記録があること、経過が見えることが重要
医療費の未払い未払いだけでは足りないことが多い支払能力があるのに悪意で払わない等が必要
専門外・設備不足・転院調整認められやすい応急対応、紹介、転院調整まで含めて考える
年齢・性別・国籍・感染症だけを理由に原則不可属性だけでの拒否は正当化されない

SECTION 04

「断れる」典型例を
もう少し具体的に

典型例 1

暴言・暴力・居座りで診療の前提が壊れている

令和元年通知は、患者の迷惑行為の態様に照らし、診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合には、新たな診療を行わないことが正当化されるとしています。長時間の居座り、繰り返しの謝罪要求、職員の解雇要求、大声での罵倒、脅迫、物を壊す──こうした行為が該当し得ます。

ただし「患者が怒っている」だけで直ちに拒否できるわけではない。待ち時間や説明不足など医療側に改善余地がある不満もあります。大事なのは、「腹が立ったから断った」ではなく「診療が成り立たなくなったから断った」と説明できること

典型例 2

病状安定で、時間外・勤務時間外

厚労省通知は、緊急性がない患者が時間外に来た場合、即座に対応する必要はなく、診療しないことは正当化されるとしています。ただし、翌診療時間内の案内、他院の案内、必要なら電話トリアージなど代替的な案内は残した方が安全です。

典型例 3

支払能力があるのに悪意で払わない

「前回未払いがあるから今日は診ない」──これは危険。通知は、未払いの事実だけでは直ちに正当化されないとしています。ただし、督促にも分割提案にも応じず、明らかに支払能力があるのに何度も繰り返しているなら、「単なる未払い」ではなく「悪意ある不払い」として整理できる可能性はあります。

典型例 4

専門外・設備不足──他院紹介・転院が相当

応招義務は「何でも自院で抱え込め」ではない。紹介・転院は通知上も原則正当化されます。問題は「断ること」より、どこまで応急対応し、どこまで引き継ぐか。慢性期・継続通院患者ほど、いきなり切るのではなく、紹介状+猶予期間+転院調整のセットが安全です。

SECTION 05

逆に、危ない断り方

❌ 危険 1

重症救急なのに抽象的理由だけで断る

「専門医がいない」「満床」「忙しい」だけでは、後から「応急処置くらいできたのでは」と問われる

❌ 危険 2

苦情を言う患者を全部「迷惑患者」扱い

正当な不満と不当な要求は別。まず要求の「内容」と「態様」を分けて評価する

❌ 危険 3

証拠も経過も残さず「出禁」にする

明白な暴行・脅迫なら即時対応もあるが、多くの場合は注意→記録→再警告→最終判断の流れがある方が後で説明しやすい

SECTION 06

裁判例から何を学ぶか

⭕ 診療拒否が認められた例

札幌地裁 令和5年4月26日

救急搬送された女性患者が男性医師による心エコーを激しく拒否し、興奮状態で点滴要求を繰り返し、夫への暴力もあった事案。裁判所は、著しい迷惑行為で信頼関係を築けないと判断して診療を拒んだことは社会通念上相当とした。

ポイント:緊急処置の必要性が大きくなかったこと、検査への協力が得られなかったこと、迷惑行為が具体的だったこと──がセットで見られている。

❌ 診療拒否の責任が認められた例

神戸地裁 平成4年6月30日

第三次救急機関が、脳外科医・整形外科医の不在を理由に重傷患者の受入れを拒否。損害賠償責任が認められた。

ポイント:「受けられません」と言った病院が、本当に受けられなかったことを具体的に説明できなければ厳しい。

❌ 「満床」だけでは足りない例

千葉地裁 昭和61年7月25日

1歳児の重症肺炎事案で、病院は満床を理由に入院を拒否したが責任が認められた。救急室や外来ベッドでの応急対応やベッド確保の可能性まで見られている。「満床」は万能の免責理由ではない。

💡 裁判例全体の傾向:2021年のJ-STAGE論文(診療拒否裁判例55件の分析)では、違法性が認められたのは9件にとどまり、平成17年10月以降は医療者側の違法性が否定されていたと報告されています。患者の迷惑行為が原因の類型では、医療機関側の主張が認められていた。常に医療側が不利というわけではないが、勝っている事案は共通して、緊急性・信頼関係・代替可能性・記録が押さえられている。

SECTION 07

2026年10月──
医療機関にもカスハラ対策義務

2026年10月1日から、改正労働施策総合推進法により、カスタマーハラスメント対策が事業主の義務になります。病院も当然に対象です。厚労省のリーフレットでも「施設利用者」として病院の利用者が例示されています。

⚠️ この改正は、応招義務そのものを変える法律ではない。
しかし、「応招義務があるから現場で我慢して」という運用は、ますます通りにくくなる。応招義務の理解と職員保護の体制整備は、別々ではなく一体で考える必要があります。

病院に求められる体制整備:

1
方針の明確化
カスハラに毅然と対応し、職員を保護する方針を院内に明示
2
相談窓口の整備
被害を受けた職員が報告・相談できる体制
3
事実確認と被害職員への配慮
事案発生時の対応手順、記録方法、被害職員のケア
4
悪質事案への対処方針
警察通報、本部共有、面会制限などのルール化

SECTION 08

現場で迷ったときの判断フロー

患者対応でトラブル発生
Q1
緊急性は高いか?

はい → 応急対応

安全確保しつつ必要な処置 → 受入可能性・搬送調整 → 記録化

いいえ → 信頼関係の判断へ

信頼関係を維持できるか?

維持できる

説明・調整・窓口一本化 → 記録化

維持が難しい

注意→警告→記録→改善なし→新規診療中止・紹介・転院を検討 → 記録化

実務上の6つの心得

1
最初に「緊急性」を切り分ける
暴言の有無より先に、まず病状の緊急性。ここを外すと後の議論が全部ずれる
2
「正当な苦情」と「不当な態様」を分ける
待ち時間への不満自体は正当でも、殴る・脅す・居座るは別問題。内容と態様を分ける
3
できるだけ一人で抱えない
説明担当と記録担当、医師と管理者、看護師長と事務長。複数対応が基本
4
警告は「出したか」より「何をどう残したか」
発言内容、その場の人数、注意した内容、患者の反応、再発の有無──時系列で残す
5
診療拒否をするなら「安全な出口」を作る
紹介状、地域の受入候補、猶予期間、窓口一本化、面会・連絡方法の制限を組み合わせる
6
暴力・脅迫は我慢ではなく警察連携
明白な暴行、脅迫、不退去、器物損壊は苦情対応ではない。安全配慮義務と刑事対応を含めて判断

SECTION 09

よくある誤解

誤解 1

暴言患者でも絶対に断れない

緊急性が低く信頼関係が壊れていれば、新たな診療を断れる余地がある。

誤解 2

警告書1回で次から自由に断れる

決め手は緊急性、信頼関係、代替可能性、経過の記録。警告書は有力な材料だが万能ではない。

誤解 3

未払い1回で断ってよい

単なる未払いだけでは足りない。悪意ある不払いまで言えるかが重要。

誤解 4

満床なら必ず断れる

救急では応急対応や一時受入れの可能性まで見られる。

誤解 5

家族が荒れているだけなら、患者本人もまとめて断ってよい

そこは慎重。患者本人の病状・意思能力・代替手段を見つつ、まずは面会制限、代表者一本化、警備同席、説明窓口限定など、より穏当な手段を先に検討する方が安全なことが多い。

CONCLUSION

まとめ

応招義務で本当に問われるのは、「断ったかどうか」より「どう考え、どう動いたか」です。

まず緊急性を切り分ける

信頼関係が壊れているかを丁寧に見る

記録・警告・代替提案を残す

救急で重症なら、病院側の責任は重くなる。一方で、病状が安定し、暴言・暴力・不当要求が続き、診療の前提が壊れているのに「応招義務があるから我慢して」と職員に押しつけ続ける運用も、もう限界です。

2026年10月からはカスハラ対策義務もかかる。今後の実務では、応招義務の理解と職員保護の体制整備を一体で考えることが必要です。医療現場で本当に強いのは、「断るか断らないか」の一点張りではなく、緊急性・信頼関係・代替手段・記録で説明できる運用です。

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当事務所は広島市中区医師会での医療倫理講習会の講演実績があり、
医療機関の法務相談に継続的に対応しています。

大元・秋山法律事務所(広島弁護士会所属)
〒730-0013 広島県広島市中区八丁堀11-10 KSビル8階
TEL: 082-221-2221

参考資料・出典

※本稿は一般的な情報提供であり、個別事案の結論を保証するものではありません。実際の対応は、患者の病状、地域の受入体制、これまでの経過、記録の有無によって変わります。

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