
経営者や会社役員の離婚では、一般的な預貯金や自宅の分け方とはまったく異なる難しさがあります。最大の争点は、自社株を財産分与の対象に含めるか、そしてその株価をいくらと評価するかです。役員報酬だけでなく、会社が負担している住まいや経費などの実質的な収入も見極めなければなりません。
経営者側からすれば、株式の分散や多額の代償金の支払いが会社の資金繰りを直撃しかねません。一方の配偶者側は、会社の決算書や帳簿を見せてもらえず、提示された金額が妥当かどうか判断できずに悩まれるケースが目立ちます。当事務所では双方の立場からご相談をお受けし、客観的な資料をもとに解決策を組み立てます。
経営者の離婚で整理する三つの論点
役員報酬から婚姻費用・養育費を考える
婚姻費用や養育費の金額は、裁判所の標準算定表をもとに算出するのが基本です。しかし、経営者の年収が算定表の上限(給与所得で2,000万円)を超える高額所得者の場合、算定表を機械的に当てはめることはできません。同居中の生活水準や実際の支出状況を考慮し、個別の協議が必要になります。
離婚を意識した別居の直前に役員報酬を不自然に減額しているケースでは、生活費の支払いを抑えるための意図的な減額ではないかが問題になります。株主総会議事録や決算書を精査し、客観的な業績悪化の裏づけがない減額については、従来の報酬額を前提として算定されることがあります。
また、社宅の無償供与、会社名義の自動車の私的使用、会社契約の生命保険など、会社経費で賄われている生活関連費も「実質的な収入」として争点になります。事業上の正当な経費なのか、個人への利益供与なのかを証拠資料から切り分けます。
なお、子どもに関する取決めは収入の整理と併せて検討します。離婚後の共同親権については、別ページをご覧ください。離婚後の共同親権について
会社の財産と個人の財産の区別

会社は経営者個人とは別個の法人格を有しているため、会社名義の預金や不動産、社用車を直接配偶者に分与することは原則としてできません。会社の資産価値は、あくまで経営者個人が保有する自社株の評価額を通じて間接的に清算される仕組みです。
| 個人の財産として検討するもの | 会社の財産として区別するもの |
|---|---|
| 経営者が持つ自社株 | 会社名義の預金・事業用不動産 |
| 個人名義の預金・不動産 | 会社が所有する設備・在庫 |
| 個人から会社への貸付金 | 会社が契約者である保険の権利 |
見落とされやすいのが、決算書の負債の部に計上されている「役員借入金」です。これは経営者が個人の資金を会社に貸し付けている債権(貸付金)であり、婚姻中に夫婦で築いた資金から貸し付けたものであれば、財産分与の対象となります。帳簿上の数字だけでなく、会社からの回収可能性を踏まえて金額を評価します。
いわゆる「一人会社」で会社口座と個人口座の間で資金の出入りが混同している場合、通帳の名義だけで形式的に判断することはできません。過去の資金移動履歴や会計帳簿を突き合わせ、実質的な個人財産が会社名義に紛れていないかを検証します。
配偶者が役員・従業員である場合の調整
| 配偶者の立場 | 離婚と分けて検討すること |
|---|---|
| 取締役などの役員 | 株主総会の解任決議、正当な理由の有無、任期や辞任の条件 |
| 従業員 | 雇用関係、実際の職務、解雇理由、退職を合意する場合の条件 |
| 名義上の役員 | 実際の勤務、報酬の性質、報酬を変更した後の生活費 |
取締役等に就任している配偶者は、株主総会の決議によっていつでも解任すること自体はできます。しかし「正当な理由」がない解任と判断された場合、会社は解任によって生じた損害の賠償を請求されるリスクを負います(会社法339条1項・2項)。残りの任期に対応する報酬相当額などがその損害として問題になります。単に夫婦関係が破綻したという私生活上の事情は正当な理由と認められにくいため、任期満了を待つか、条件を提示して合意による辞任を求める進め方も検討します。
従業員として雇用している配偶者については、労働法の保護が及びます。「離婚するから解雇する」といった処分は、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当と認められないものとして無効になります(労働契約法16条)。離婚の条件交渉とあわせて、退職金や解決金の支給を条件とした「合意退職」の書面を取り交わす方法を検討します。
名義だけの役員として勤務実態がないのに役員報酬を支給していた場合は、その報酬の性質や、変更後の収入が婚姻費用の算定に影響します。
役員退職慰労金・生命保険・自宅の確認
役員退職慰労金は、退職が間近に迫っている場合や、内規に基づいて将来の支給が見込まれる場合に、婚姻期間に対応する部分が財産分与の対象となります。単に「将来いつか受け取るかもしれない」という段階では対象に含まれないことも多く、規程の有無や積立状況から現実的な支給見込みを判断します。
生命保険については、会社契約の保険と個人契約の保険を峻別します。会社が保険料を負担している保険は会社の資産であり、解約返戻金相当額が自社株の評価に反映されます。名義変更や解約を行う場合は税務上の問題が生じるため、税理士の先生との協議が欠かせません。
自宅不動産においては、名義だけでなく、会社からの事業資金借入れの担保(抵当権・根抵当権)に入っていないか、会社が住宅ローンの連帯保証をしていないかを精査します。離婚後に配偶者が居住し続ける場合でも、銀行が債務者の変更や担保の抹消を認めないことがあるため、融資銀行との事前の交渉を見据えた設計が必要です。
会社・取引先への情報の伝え方
家庭裁判所の調停手続は公開しないものとされており(家事事件手続法33条)、傍聴が許されるのは裁判所が相当と認めた場合に限られます。一方、離婚訴訟に発展した場合、口頭弁論は原則として公開の法廷で行われます。訴訟記録のうち事実の調査に係る部分については第三者の閲覧が裁判所の許可にかかりますが(人事訴訟法35条)、公開の法廷で審理が進むこと自体は変わりません。会社の信用への影響を抑えるためにも、調停や任意の協議の段階での解決を目指すことに意味があります。
裁判所からの呼出状などが会社の所在地や自宅に届いて事情が知られることを避けるため、弁護士を受任の窓口とし、送達先を法律事務所に指定する手続をとります。ご相談時には、会社の住所・電話・メールを連絡先として使ってよいかも確認します。打合せは八丁堀の当事務所のほか、web会議でも行えます。
配偶者が役員を退任したり担当業務を外れたりする場合、従業員や取引先に対してどのような理由を説明するか、対外的な案内の時期や文面もあらかじめ準備しておきます。私生活の問題が事業の信用不安に広がらないよう、守秘義務の条項を含めた合意書を取り交わすことも検討します。
資料の確認から協議・裁判手続まで

お手元の資料を確認
そろっているものにチェックできます。
資料がそろっていなくても、ご相談いただけます。
資料をそろえる
直近3期分の決算書、株主名簿、定款、役員報酬の推移、保険証券、不動産の登記事項証明書を確認します。手元にない資料は、誰が保管しているかを整理します。
評価の方針を決める
財産分与の対象を確定する時点と、株価を評価する時点を分けます。取得の原資や会社の実態を踏まえ、評価方法と追加で必要な資料を検討します。
協議で条件を調整する
財産と収入の根拠を共有し、清算方法や生活費を話し合います。会社の情報の取扱いにも配慮しながら、双方が条件を判断できる資料の開示範囲を調整します。
家庭裁判所の調停を利用する
協議がまとまらなければ、調停で話し合います。申立先は相手方の住所地などで決まるため、広島家庭裁判所への申立てができるかを個別に確認します。
争点に応じた裁判手続へ進む
離婚の調停が不成立となり、なお離婚を求める場合は訴訟を検討します。離婚後の財産分与の調停がまとまらない場合は、原則として審判で判断を受けます。
2026年4月1日以後に離婚された場合、財産分与を家庭裁判所に請求できる期間は、従来の2年から「離婚の時から5年」へと延長されました(民法768条2項)。**2026年3月31日以前に離婚された場合は、従前どおり2年です。**まずはご自身の離婚日をご確認ください。期間に余裕がある場合でも、年数が経過するほど別居当時の決算書や通帳、株式取得時の証拠が散逸し、立証が難しくなります。離婚が成立した後であっても、できる限り早期に資料を確保することが大切です。
弁護士費用
当事務所の基準です。初回のご相談は30分無料で、ご依頼をお受けする前に書面でお示しします。
よくあるご質問
Q配偶者に自社株を渡さずに離婚できますか?
可能です。実務上も、経営権の安定を保つために株式そのものは経営者側に残し、分与額に相当する金銭を支払う「代償分割」が多く選ばれています。一括払いが困難な場合は、他の個人財産の分与割合を調整するか、公正証書による分割払いの合意を結ぶことで対応します。
Q会社名義の預金も、配偶者と分けることになりますか?
会社名義の預金は法人固有の財産ですので、直接の財産分与の対象にはなりません。ただし、会社の資産状況は自社株の評価額に反映されるため、間接的に分与額の算定に影響します。また、個人と会社の口座が混同している一人会社などの場合、会社口座内の資金が実質的な個人財産と評価されることもあります。
Q別居後に会社の業績が落ちました。いつの株価で評価しますか?
分与対象となる財産は別居時点で確定しますが、株式の金額評価は口頭弁論終結時や調停成立時を基準とすることが実務上多くみられます。別居後の業績悪化が経営努力とは無関係な市場環境の変化等によるものであれば、現在の株価を基準とすべきことを資料に基づいて主張します。別居時と最新期の双方の決算資料が必要です。
Q配偶者が会社の役員です。すぐに辞めてもらえますか?
株主総会の決議によって解任すること自体はいつでも可能です。しかし、正当な理由がない解任とみなされた場合、会社が損害賠償を請求されるリスクがあります。残りの任期に対応する報酬相当額などがその損害として問題になります。一方的な解任ではなく、解決金や退職慰労金の合意と引き換えに辞任してもらう交渉を先に検討します。
Q従業員や取引先に知られずに進められますか?
任意の交渉や調停の段階であれば、手続は公開されません。弁護士が代理人に就任すれば、裁判所からの通知や相手方からの書面を法律事務所宛てに届くようにできます。ただし、役員の退任や担当業務の変更など、会社関係者への説明が必要になる場面もあり、すべてを伏せたまま進められると約束できるわけではありません。訴訟に移行すると法廷は公開されるため、早期の協議・調停での解決を目指します。
Q離婚について、顧問税理士にも相談した方がよいでしょうか?
並行してご相談されることをお勧めします。非上場株式の評価手法、自社株買いに伴うみなし配当課税、代償金の支払いに不動産を充てる場合の譲渡所得税など、経営者の離婚には税務の判断が伴うためです。弁護士が法的な交渉と合意条項の設計を担い、税理士の先生に税務の検証を仰ぐという連携で進めます。
法令・手続の参考資料
- 民法768条(財産分与)
- 会社法160条・339条・461条
- 労働契約法16条(解雇)
- 家事事件手続法33条・245条・272条
- 人事訴訟法35条(記録の閲覧)
- 裁判所:財産分与の改正Q&A
- 福井家庭裁判所:財産一覧表の作成に当たっての注意事項
- 裁判所:夫婦関係調整調停(離婚)
掲載内容は2026年9月19日時点の制度を踏まえています。
経営者・配偶者の方のご相談
経営者ご本人からも、その配偶者からも、ご相談をお受けしています。自社株の評価書や決算資料が手元にそろっていない初期の段階であっても、現在把握できている情報から、想定される争点と取るべき対応を整理してお伝えします。
