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カスハラ・ペイハラ対策の義務化(2026年10月1日施行)|企業と病院・クリニックが準備すること

弁護士 大元和貴

著者

カスハラ・ペイハラ対策の義務化

2026年10月1日から、従業員を一人でも雇っている事業主は、顧客や取引先などからの、社会通念上許される範囲を超えた言動(カスタマーハラスメント)から従業員を守る措置を講じることが、法律上の義務になります(改正労働施策総合推進法33条)。病院やクリニックで患者やその家族から受ける迷惑行為、いわゆるペイシェントハラスメント(ペイハラ)も、法律上はこのカスハラに含まれます。求められるのは、方針の明確化と周知、相談窓口の整備、起きた後の事実確認と従業員への配慮、特に悪質な相手への対処方針、相談者のプライバシー保護と不利益取扱いの禁止の5つです。そして何より大切なのは、現場の従業員一人に対応を任せず、組織として向き合うことです。

ここ最近、会社や病院からのご相談で目立つのが、お客様や患者さんとのトラブルです。長時間居座って謝罪を求め続ける来店客、同じ質問の電話を毎日のようにかけてくる取引先の担当者、受付で大声を上げる患者の家族。これまでは「接客の仕事だから」と現場が我慢してきた場面かもしれません。10月からは、こうした状況から働く人を守る仕組みを、会社や医療機関がきちんと用意しているかどうかが法律上問われることになります。現場任せにして放置してきた経営者は、後になって、従業員から安全配慮義務(労働契約法5条)違反などの責任を追及される可能性もあります。

10月1日から何が変わるのか

2025年6月に公布された改正法(令和7年法律第63号)により、労働施策総合推進法に、カスタマーハラスメントを防ぐための雇用管理上の措置を事業主に義務づける規定が加わりました。施行は2026年10月1日です。具体的に何をすればよいかは、厚生労働省の指針(令和8年厚生労働省告示第51号)が定めています。

対象に会社の規模による区別はありません。正社員だけでなく、パート、アルバイト、契約社員も守る対象に含まれ、派遣社員については派遣先も措置を講じる必要があります。個人経営の飲食店や、職員数名のクリニックも例外ではありません。なお、同じ日から、就職活動中の学生など求職者に対するセクシュアルハラスメントの防止措置も事業主の義務になります。

カスハラとは何か――3つの要素と「正当なクレーム」との違い

指針は、職場におけるカスタマーハラスメントを、①顧客等の言動であって、②従業員が行う業務の性質などに照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより、③従業員の就業環境が害されるもの、と定義しています。3つの要素がすべてそろって初めてカスハラにあたります。

ここでいう「顧客等」は広く、店のお客様だけでなく、これから客になるかもしれない人、取引先の担当者、施設の利用者とその家族、近隣住民まで含みます。対面に限らず、電話やSNSで行われるものも対象です。指針が挙げる典型例には、土下座の強要、SNSに悪評を書くとほのめかして脅すこと、同じ質問を執拗に繰り返すこと、長時間の居座りや電話での拘束、契約内容を著しく超えるサービスの要求、無断での撮影などがあります。

一方で、苦情がすべてカスハラになるわけではありません。商品やサービスに問題があって、社会通念の範囲で改善や説明を求めるのは正当な申入れです。障害のある方が、障害者差別解消法にもとづいて配慮を求めること自体も、カスハラにはあたりません。指針は、会社や従業員の側の不適切な対応がトラブルの原因や背景になっている場合もあることに留意するよう求めています。対策の目的は、声を上げる客を締め出すことではなく、一線を越えた言動から従業員を守ることにあります。

ペイハラ(ペイシェントハラスメント)も同じ義務の対象です

ペイハラは法律上の用語ではありませんが、指針は「顧客等」の例として、病院などの施設の利用者とその家族をはっきり挙げています。つまり、患者や家族による暴言、診療と関係のない長時間の説明要求、職員個人への執拗な苦情、院内での無断撮影やSNSへの書き込みも、3つの要素を満たせば法律上のカスハラにあたります。病院、クリニック、歯科医院、介護施設にも、10月1日から一般の会社と同じ措置義務がかかります。

ただ、医療機関には一般の会社と大きく違う点があります。医師の応招義務です。店であれば迷惑な客に退店を求めれば済む場面でも、病院では「その人の診療を断ってよいか」という別の問いが生じます。この点は後の見出しで詳しく扱います。

事業主に求められる5つの措置

指針が定める措置は、次の5つに整理できます。

  • カスハラには毅然と対応し従業員を守るという方針を明確にし、その場の対処の仕方とあわせて従業員に周知する
  • 相談窓口をあらかじめ決めて周知し、担当者が適切に対応できるようにする
  • 相談があれば事実関係を迅速に確認し、被害を受けた従業員への配慮と再発防止を行う
  • 過度な要求を繰り返すなど、特に悪質なものへの対処方針を定め、実行できる体制を整える
  • 相談者のプライバシーを守り、相談したことを理由に不利益に扱わないと定めて周知する

マニュアルの形式に決まりはありませんが、「その場でどう動くか」を事前に決めておくことが求められています。指針が例に挙げるのは、すぐに上司へ報告して指示を仰ぐこと、できる限り一人で対応させないこと、やり取りを録音・録画すること、十分に説明してもなお同じ要求が続く場合には一定の時間で退店を求めたり電話を切ったりすること、暴行や脅迫など犯罪にあたり得る言動は警察に通報すること、法的な手続が必要なら弁護士に相談すること、などです。録音・録画は、個人情報保護法を守って適切に扱うことが前提になります。

いちばん大切なのは「一人に任せない」こと

カスハラ・ペイハラ対策でもっとも大切なのは、現場の従業員一人に対応を任せず、組織として向き合うことです。理不尽な要求をする相手は、目の前の担当者個人に矛先を向け、「あなたが責任を取れ」と迫ってきます。一人で受け止め続ければ、その場を収めるために言いなりになってしまったり、心身を壊してしまったりします。指針も、その場の対処の例として、まず上司に報告して指示を仰ぐこと、できる限り一人で対応させないことを挙げ、必要に応じて上司などが代わって対応することを求めています。

具体的には、対応はできる限り二人以上で行い、一人は記録に回ります。最初に受けた職員に最後まで担当させず、途中から上司が前面に出ます。出入り禁止や診療のお断りといった重い判断は、現場ではなく組織として決め、会社名や院長名の文書で伝えます。こうしておけば、相手の矛先が特定の職員に向かい続けることを防げますし、人によって判断がぶれることもありません。電話を一定の時間で切る、退店を求めるといった線引きも、あらかじめ組織のルールとして決めておけば、現場は迷わずに動けます。

この「組織で向き合う」感覚をつかむには、伊丹十三監督の映画『ミンボーの女』(1992年)もおすすめです。暴力団の不当な要求に悩まされるホテルが、民事介入暴力に詳しい女性弁護士とともに立ち向かっていく物語です。相手は今のカスハラとは違いますが、脅しに屈しないこと、担当者を孤立させず組織として対応することの大切さが、娯楽作品としてわかりやすく描かれています。社内や院内の研修の導入に、一度ご覧になってみてはいかがでしょうか。

特に悪質な相手への対処――警告、出入り禁止、仮処分

指針は、特に悪質なものへの対処の例として、警察への通報、行為者への警告文の送付、法令の範囲内で商品の販売やサービスの提供をしないこと、店舗や施設への出入りを禁止すること、民事保全法に基づく仮処分の申立てを挙げています。仮処分は、面会や電話、押しかけをやめるよう裁判所に命じてもらう手続で、繰り返し来店や架電が続く場合の現実的な手段です。

もっとも、指針は同時に、業法などでサービスの提供が義務づけられている場合や、サービスが途絶えると相手の生命や健康に重大な影響が及ぶ場合があることに留意するよう求めています。一般の会社では取引の停止や出入り禁止まで比較的踏み込みやすい一方、医療機関では、ここで応招義務との調整が必要になります。

病院・クリニックでは「応招義務」との関係に注意

医師法19条1項は、診療に従事する医師は正当な事由がなければ診察治療の求めを拒んではならない、と定めています(歯科医師法19条1項も同じです)。厚生労働省の通知(令和元年12月25日付け医政発1225第4号)は、この応招義務は医師が国に対して負う公法上の義務であり、患者に対する私法上の義務ではないと整理しつつ、医療機関としても正当な理由なく診療を拒んではならないとしています。そのうえで、診療しないことが正当化されるかどうかの最も重要な考慮要素は、患者に緊急対応が必要かどうかだとしています。

通知は、患者の迷惑行為についても個別に取り上げ、診療や療養の中で生じた迷惑行為の態様に照らして、診療の基礎となる信頼関係が失われている場合には、新たな診療を行わないことが正当化される、と明記しています。例として挙げられているのは、診療内容そのものと関係のないクレームを繰り返し続けることなどです。ただし、病状が深刻で緊急対応が必要な場合は別で、診療時間内であれば、事実上診療が不可能といえる場合でなければ断ることはできません。

実務では、いきなり診療をお断りするのではなく、迷惑行為の日時と内容を記録し、院としての注意や警告を文書で伝え、改善がなければ今後の診療をお断りする旨と他の医療機関の紹介を伝える、という段階を踏むのが基本です。この記録と手順が、後から判断の正当性を説明する材料になります。医療費の不払いについては、以前に不払いがあったことだけを理由に診療を断ることはできませんが、支払う能力があるのに悪意であえて支払わない場合には、診療しないことが正当化されるとされています。

ただ、医療の現場は、この応招義務を必要以上に恐れているように感じます。患者さんは神様ではなく、対等な一人の人です。職員が迷惑行為に耐え続ける必要はありません。暴言や暴力といった犯罪にあたる被害を受けながら、我慢を重ねて同じ患者さんを診続けている場面を目にすることがありますが、そうあるべきではありません。毅然とお断りすべきなのはどのような場面なのかを、マニュアルや院内の研修で徹底しておくことが大切です。

就業規則と社内ルールで準備しておくこと

10月1日までに最低限整えておきたいのは、就業規則などに、カスハラについて相談したことや事実確認に協力したことを理由に解雇その他の不利益な扱いをしない旨を定め、周知することです。指針は、そのための方法の例として就業規則への規定を挙げています。

あわせて見直したいのが、自社の従業員が取引先に対してカスハラをしてしまう場面への備えです。改正法は、他社から事実確認などへの協力を求められた場合に応じるよう努めることを事業主に求めており、指針は、事実が確認できれば就業規則に基づいて懲戒などの措置を講じることが望ましいとしています。守る側と、加害者になり得る側の両面から規程を点検しておくと安心です。相談窓口は、他のハラスメントの窓口と一体にしても、外部に委託してもかまいません。

弁護士に相談するメリット

方針の文案や掲示物は、ひな形を参考に社内で作ることもできます。それでも専門家に一度見てもらう価値があるのは、次のような場面です。

  • 業種や職場の実情に合わせて、方針、その場の対処ルール、就業規則の条文を一体として整えられる
  • 悪質な相手への警告文や出入り禁止の通知、仮処分の申立てまで、段階に応じて任せられる
  • 医療機関では、応招義務との関係を踏まえて、診療をお断りする判断の基準と手順を整理できる
  • 顧問契約があれば、トラブルが起きたその日に、現場の対応を相談できる

よくあるご質問

Q. 従業員が数人の小さな店でも、義務の対象になりますか?

対象になります。規模による区別はなく、パートやアルバイトだけを雇っている場合も同じです。大がかりな体制は求められていませんが、方針を決めて周知すること、相談先を決めること、その場でどう動くかを決めておくことは、規模にかかわらず必要です。

Q. お客様や患者さんとのやり取りを録音してもよいですか?

指針は、その場の対処の例として録音・録画を挙げています。そのうえで、個人情報保護法などを守り、記録を適切に管理することを求めています。店内や院内に、トラブル防止のため録音・録画を行う場合があることを掲示しておく方法も考えられます。

Q. 迷惑行為を繰り返す患者の診療を断ることはできますか?

迷惑行為によって診療の基礎となる信頼関係が失われている場合には、新たな診療を行わないことが正当化される、というのが厚生労働省の整理です。ただし、緊急対応が必要な場合は別に考えます。記録を残し、注意や警告を経て、他の医療機関を紹介するといった手順を踏むことが大切です。

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大元・秋山法律事務所(広島市中区・八丁堀)は、会社側・医療機関側の立場で、カスタマーハラスメント・ペイシェントハラスメントへの対応をお引き受けしています。方針やマニュアル、就業規則の整備から、悪質な相手への警告、出入り禁止の通知、仮処分などの法的手続まで、代表弁護士の大元和貴をはじめ弁護士が対応します。医療機関の皆様からの、診療をお断りする判断についてのご相談もお受けしています。

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