医療事故発生時の初動対応|病院・クリニック側の弁護士が解説
どれほど安全管理を尽くしていても、予期しない事態は残念ながら起こります。
急変への対応が一段落すると、今度は管理者において様々な判断が必要となります。患者、ご家族に何をどう説明するか。カルテはこのままでよいのか。医療事故調査制度の報告対象に当たるのか。警察への届出が必要な事案なのか。
どれも簡単に答えの出ない問いです。ただ、初動を誤ると、医学的には避けられなかった事案や当方に全く隠蔽の意図が無い事案であっても、「何か隠しているのではないか」という不信から紛争に発展することがあります。逆に、初動の段階で誠実さと透明性が伝わった事案は、その後の話し合いも落ち着いて進みやすくなります。
このページでは、病院・クリニック側の立場から、発生直後に管理者が判断を迫られる事柄を、時系列に沿って整理します。
発生直後の対応の全体像
患者の救命・被害拡大の防止
まずは治療が最優先です。あわせて、使用中の薬剤・輸液・医療機器は、可能な範囲でそのままの状態で残す、ないし写真等で保全を行うことが重要です。
事実経過の記録
関わった職員それぞれに、記憶の新しいうちに時系列のメモを残してもらいます。この段階では評価や推測を交えず、「いつ・誰が・何をしたか」という事実に絞ります。
院内の報告ラインへの集約
主治医や現場任せにせず、管理者・医療安全管理部門に情報を集め、対外的な窓口を一本化します。担当者ごとに説明が食い違うと、それ自体が不信を招きます。
診療記録・物品の保全
カルテ、看護記録、モニターのログ、使用済みの器材など。詳しくは次の項目で述べます。
患者・ご家族への説明
その時点で分かっている事実を、誠実に説明します。原因が未解明の段階で断定的なことを述べることは逆にトラブルの元ですので避けるべきです。
外部対応の判断
医療事故調査制度への報告、医師法21条の届出、賠償責任保険への連絡、弁護士への相談。ここが初動で最も判断を誤りやすいところです。
診療録・記録の保全
初動対応の中核は、記録の保全です。後で「こうしておけばよかった」と後悔することが実務上多くあります。心電図、各種バイタルや、後に上書き保存されてしまうデータ等は、事象発生後すみやかに保存しておくことが肝要です。
電子カルテには更新履歴が残るため、隠蔽等が問題になるケースは稀ですが(それでも主張されるケースはあります)、紙カルテを中心に診療記録についていったん「改ざん」を疑われると、事案の中身そのものよりもその点が争われることになり、医療機関側の説明が信用されにくくなります。事後に補充すべき事項があるときは、追記した日時を明らかにし、追記であることが分かる形で記載してください。
日頃から「そのまま見せられる記録」を作っておくことが、結局は最も確かな備えになります。なお、診療録の保存期間は5年(医師法24条2項)、看護記録など診療に関する諸記録は2年(医療法施行規則20条10号)とされています。もっとも、事故事案に関する記録は、保存期間にかかわらず、解決に至るまですべて残しておいてください。
- カルテの書き換え・差し替え
- 関係資料の破棄
- 使用した器材・薬剤を通常どおり廃棄すること
- 上書きされるデータを保存しないまま時間を置くこと
- 上書きされるデータを発生後すぐ保存する
- 追記は日時を明示し、追記と分かる形で記載する
- 使用した薬剤・輸液・器材の現物を廃棄しない
- 事故事案の記録は保存期間にかかわらず残す
関係職員からの聞き取り
記憶は、思っているよりも早く曖昧になります。関係職員からの聞き取りは、できれば当日から数日のうちに行ってください。
ただし、聞き取りが「犯人探し」になってしまうと、職員は萎縮し、かえって事実が出てこなくなります。目的はあくまで原因の把握と再発防止です。記録に残すときも、本人が直接見聞きした事実と、本人の評価や推測とを分けて整理してください。
また、事故の当事者となった職員は、強い心理的負担を抱えます。聞き取りと並行して、担当を外す、複数名でフォローするなど、職員のケアにも目を配ってください。
患者・ご家族への説明と謝罪
ご家族への説明で重要なことは、憶測で語らないこと、そして約束をした場合には守っていただくという点です。
「謝罪してよいのか」という問い
ご相談でよく尋ねられる点です。つらい結果が生じたことへのお見舞いや遺憾の意を伝えることと、法的責任を認めることとは、区別されます。大切な方を亡くされたご家族を前に、痛惜の念を伝え、道義的な謝罪を行うことは全く問題はありません。
他方で、原因が分からない段階で「当院のミスです」「賠償を行います」と断定してしまうと、後に事実と異なることが判明した場合、かえって不信を招きます。今説明できることと、まだ分からないことを分けてお伝えし、「調査のうえ、分かったことは改めてご説明します」と約束して、それを実行する。この積み重ねが信頼につながります。
カルテ開示を求められたら
事故から日を置かずに、患者ご本人やご家族から診療記録の開示を求められることがあります。その時点で相手方が弁護士に相談していることも珍しくありません。窓口で結論を先送りしたまま日数が経つと、それだけで不信を招きます。
出発点は、開示が原則だということです。個人情報保護法33条は本人に保有個人データの開示請求権を認めています。厚生労働省の「診療情報の提供等に関する指針」も、患者等から診療記録の開示を求められた場合には原則としてこれに応じなければならないと定めており、日本医師会の指針も同じ立場です。
開示を拒めるのは例外的な場面に限られます。個人情報保護法33条2項が挙げるのは、本人や第三者の生命・身体・財産その他の権利利益を害するおそれがある場合、業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合、他の法令に違反することとなる場合の3つだけです。「紛争になりそうだから」「医師の主観的な評価が書かれているから」は、いずれもこれに当たりません。
開示の方法にも注意が必要です。令和2年の改正により、本人が請求した方法で開示するのが原則となりました。電磁的記録での提供を求められた場合、それが困難といえる事情がない限り、紙での交付に一本化することはできません。
- 訴訟や紛争に使われそうだから
- 医師の主観的な評価が書かれているから
- 開示の目的を説明してもらえないから
- 院内の書式どおりに記入してもらえないから
- 医師の立会いに応じてもらえないから
- 分量が多く、手間がかかるから
- ご家族等が提供した情報が含まれ、本人に示すと関係が壊れるおそれがあるとき
- 開示によって患者本人の心身の状況を著しく損なうおそれがあるとき
- 他の患者など第三者の情報が混ざっているとき
例外に当たる場合でも、全部を拒むのではなく、該当する箇所を伏せて残りを開示するのが制度の建て付けです。
患者ご本人
運転免許証やマイナンバーカードなど、顔写真つきの本人確認書類で足ります。理由を尋ねる必要はありません。
代理人
親権者、成年後見人のほか、弁護士などの任意代理人も請求できます。委任状と、代理人自身の本人確認書類を確認してください。法定代理人であれば、戸籍謄本や登記事項証明書で資格を確かめます。なお指針は、満15歳以上の未成年者について、疾病の内容によっては本人のみの請求を認めることができるとしています。
ご遺族
亡くなった方の情報は、個人情報保護法上の「個人情報」には当たりません。同法は生存する個人の情報を対象としているためです。もっとも厚労省の指針が、配偶者・子・父母およびこれに準ずる方への提供を定めています。続柄が分かる戸籍謄本と、ご本人確認書類をお預かりするのが一般的です。
相続人がお一人で来られたとき
指針は法定相続人のお一人からの請求に応じることを求めており、相続人全員の同意は要件とされていません。全員の同意書を求める運用は、それ自体が開示の拒否と受け取られかねません。むしろ厚労省は、全員の同意を求める運用が一部の医療機関にみられることを実態調査で把握しています。ただしご遺族間で対立がうかがえる場合は、進め方を検討する余地があります。
内縁の配偶者
指針にいう「これに準ずる者」に当たり得ます。戸籍では関係を確認できないため、住民票の続柄の記載や、生前の生活実態を示す資料で判断することになります。
同性のパートナー
指針に明示がなく、実務上の扱いが定まっていない領域です。自治体のパートナーシップ制度による証明などを手がかりに、個別に判断することになります。迷われた時点でご相談ください。
開示に要する費用は、実費を勘案して合理的と認められる範囲内でなければなりません。厚労省の通知は、個々の申立てによって費用は変わり得るため一律に定めることは不適切となる場合があるとし、医師の立会いを必須とすることも、開示を受ける機会を不当に制限するおそれがあるとして不適切としています。
開示を拒んだこと自体が違法とされた例
東京地方裁判所平成23年1月27日判決は、インプラント治療後の出血をきっかけに信頼関係が損なわれた患者から診療記録の開示を求められた歯科医師が、所定の書式による申出を求めたうえ、記載漏れや提出の仕方を理由に開示に応じなかった事案です。
判決は、医師は診療契約に伴う付随義務ないし信義則上の義務として、特段の支障がない限り診療経過を説明しカルテを開示すべき義務を負うと述べ、開示を拒んだことについて慰謝料の支払いを命じました。診療内容に過誤があったかどうかとは別に、開示を拒んだことだけで責任が生じ得るということです。
書式の不備を理由に押し返す対応は、こちらに他意がなくても「体よく断られた」と受け取られます。書式が整っていないのであれば、こちらで補って受け付けるほうが、結果として安全です。
医療事故調査制度への報告の要否
死亡・死産の事案では、医療事故調査制度への報告の要否を判断しなければなりません。医療法6条の10は、当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡・死産であって、管理者がその死亡・死産を予期しなかったものが生じたときは、管理者は遅滞なく医療事故調査・支援センターに報告し、必要な調査(院内調査)を行わなければならないと定めています。
判断が難しいのは「予期しなかった」かどうかです。医療法施行規則1条の10の2は、①死亡・死産が予期されることを事前に患者や家族へ説明していた場合、②その旨を診療録その他の文書に記録していた場合、③管理者が当該医療従事者から事情を聴取し(医療安全管理委員会を設置している場合はその意見も聴いたうえで)予期していたと認めた場合のいずれかに当たれば、報告対象とならないとしています。ただし、「高齢だからリスクはある」といった一般的な説明や記録では足りず、当該患者の臨床経過等を踏まえたものである必要があります。
報告の要否は最終的に管理者が判断します。迷う事案では、医師会などの医療事故調査等支援団体や、医療機関側の対応に慣れた弁護士に早めに相談してください。なお、報告対象となる場合、ご遺族への説明は報告の前に行う必要があります(医療法6条の10第2項)。院内調査の結果についても、あらためてご遺族に説明しなければなりません(同法6条の11)。
医師法21条と警察への届出
医師法21条は、「死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して異状があると認めたとき」は、24時間以内に所轄警察署に届け出ることを医師に義務づけています。
この規定について、最高裁は、いわゆる都立広尾病院事件の判決(最判平成16年4月13日)で、「検案」とは医師が死因等を判定するために死体の外表を検査することをいい、その死体が自己の診療していた患者のものであるかどうかを問わない、と判断しました。厚生労働省も、平成31年2月8日付けの通知で、死体の外表を検査して異状を認めた場合に届出義務が生じるという解釈を示しています。ただ、外因死=異状死かのように読める公的機関の資料がインターネット上にあることや、AIに質問をしても上記のような資料に基づいて回答がなされることがあり、判断に迷う場面も多くあります。
注意していただきたいのは、医師法21条の届出と医療事故調査制度への報告は、まったく別の制度だということです。センターに報告したから警察への届出が不要になるわけではなく、その逆でもありません。届出をするかどうかは、その後の展開を大きく左右します。
保険会社・弁護士への連絡
所属医師会への報告、保険会社への事故報告を早めに行ってください。保険会社への連絡が遅れ、先に賠償を患者に確約等した場合には、約款上、支払いがなされない可能性もあります。賠償の話し合いに入る前提としても、保険会社との連携は欠かせません。
弁護士への相談は、紛争になってからでは遅い場面が少なくありません。ご家族への説明内容の整理、医療事故調査制度に該当するかの判断、警察への対応、職員からの聞き取りの進め方。初動で判断を求められる事柄の多くは、法的な検討と切り離せないからです。
顧問弁護士がいれば、発生当日のうちに方針を立てることもできます。医療機関の顧問弁護士については、こちらのページで詳しくご案内しています。
よくあるご質問
迷っている段階でご相談ください
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