カルテ(診療録)の開示を求められたら、原則として応じなければならないことは、カルテ開示の基本をまとめたコラムでも述べたとおりです(個人情報保護法33条)。厚生労働省の指針や日本医師会の指針も、開示を原則としています。これは診療科を問わず、精神科でも同じです。厚生労働省の指針が開示を拒める場面として挙げるのは、「第三者の利益を害するおそれがあるとき」と「患者本人の心身の状況を著しく損なうおそれがあるとき」の2つだけです。精神科で問題になりやすいのは、家族などから寄せられた情報と、病状への影響です。その場合も、多くは全部を断るのではなく該当部分だけを伏せる一部開示で足り、開示しない理由は原則として文書で伝えます。開示を拒めるのは、こうした弊害を防ぐために例外として認められているからです。その趣旨からすると、広い範囲をまとめて拒むことは控えるべきです。
精神科や心療内科のクリニックから、「患者さんからカルテを見せてほしいと言われたが、読んだら病状が悪くなるのではないか」「ご家族から聞いた話が書いてあるので、そのまま渡してよいか迷う」というご相談をいただくことがあります。精神科のカルテには、本人にまだ伝えていない見立てや、家族から打ち明けられた事情が書かれていることが多く、家族による虐待の経緯やその際の意図まで詳しく記録されていることもあるため、ほかの診療科より判断に悩む場面が生じやすいのが実情です。この記事では、精神科でカルテ開示を断れるのはどのような場合か、断るときに何をすべきかを、医療機関の立場から整理します。
精神科でも「原則開示」は変わりません
個人情報保護法33条は、本人が自分の保有個人データの開示を請求できると定めており、カルテはこれにあたります。厚生労働省の「診療情報の提供等に関する指針」も、患者から診療記録の開示を求められた場合には原則として応じなければならないとしています。
医療・介護分野の個人情報ガイダンスは、カルテには作成した医師の個人情報でもあるという面があるものの、診療録全体が患者の保有個人データである以上、そのことを理由に開示を拒むことはできないとしています。「医師の主観的な評価が書いてあるから」という理由だけでは断れません。開示を求める理由を尋ねたり、理由の記載を求めたりすることも、指針上は適切ではないとされています。
なお、県立・市立病院や独立行政法人などが運営する公的な病院では、開示の請求について個人情報保護法の行政機関等向けの規定が適用され、手続が異なります。この記事は民間の病院・クリニックを前提にしています。
断れるのは2つの場合に限られます
個人情報保護法33条2項は、開示によって、本人または第三者の生命、身体、財産その他の権利利益を害するおそれがある場合、業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合、他の法令に違反することとなる場合に、全部または一部を開示しないことを認めています。これに対して厚生労働省の指針は、診療情報の提供を拒み得る場合を、第三者の利益を害するおそれがあるときと、患者本人の心身の状況を著しく損なうおそれがあるときの2つに絞っています。医療機関としては、この2つにあたるかどうかを検討するのが出発点です。
ガイダンスは、具体例として次の2つを挙げています。
- 家族や関係者が患者の状況について医療従事者に情報を提供している場合に、その人たちの同意なく患者本人に伝えることで、人間関係が悪化するなど、その人たちの利益を害するおそれがある場合
- 症状や予後、治療経過について十分に説明したとしても、患者本人に重大な心理的影響を与え、その後の治療効果に悪影響を及ぼす場合
どちらも精神科で起こりやすい場面です。ただしガイダンスは、個々の事例への適用は個別具体的に慎重に判断する必要があるとしています。「精神科の患者だから」「病状が不安定だから」と一律に断ることは認められません。
精神科で問題になりやすい3つの場面
家族などから寄せられた情報
入院時の聞き取りで家族が話した本人の言動、配偶者から寄せられた相談、職場や学校からの情報などが、カルテにそのまま記載されていることがあります。本人がこれを読めば、家族関係がこじれたり、情報を提供した人が責められたりするおそれがあります。こうした部分は、第三者の利益を害するおそれがある典型例として、伏せることを検討できます。ただし伏せるのはその記載に限られ、カルテ全体を出さない理由にはなりません。
本人の病状への影響
たとえば、被害的な思い込みが強い時期に、その内容や医師の見立てを書いた部分を読むことで症状が悪化するおそれがある場合や、希死念慮が強い時期に予後についての記載を読むことで危険が高まる場合です。この理由で開示を控えるには、主治医が、その患者のその時点の状態から、どの記載を読むとどのような悪影響が見込まれるのかを具体的に判断し、その判断をカルテに記録しておくことが欠かせません。病状が落ち着けば開示できる、という性質のものであることも意識しておく必要があります。
家族からの開示請求
精神科では、本人ではなく家族から開示を求められることも少なくありません。指針は、開示を求め得る者として、本人のほか、法定代理人、本人から代理権を与えられた親族、本人の判断能力に疑義がある場合に現実に世話をしている親族などを挙げています。満15歳以上の未成年者については、疾病の内容によっては本人のみの請求を認めることができるとしています。また、ガイダンスは、法定代理人などから請求があった場合、原則として本人に開示する旨を説明したうえで開示するものとしています。特に、現在の精神疾患の原因が親にあると考えられる場合に、患者本人がその親について打ち明けた部分を親に開示すると、虐待の再燃や親子関係の破綻といった不利益につながるおそれがあります。そのような場合には、該当部分を開示しないといった対応が必要になると考えられます。家族の求めにそのまま応じるのではなく、請求できる立場にあるか、本人にどう説明するかを、まず整理します。
断るときに医療機関がすべきこと
全部または一部を開示しないと決めたときは、遅滞なくその旨を本人に通知しなければなりません(個人情報保護法33条3項)。理由の説明は法律上は努力義務ですが(同法36条)、指針は、原則として文書で理由を示し、苦情処理の体制についても説明するよう求めています。実務では、次の手順を踏むことをおすすめします。
- 開示を控える部分とその理由を主治医が特定し、判断の経過をカルテに記録する
- 全部を断るのではなく、該当部分だけを伏せた一部開示で対応できないかを先に検討する
- 開示しない理由と苦情の申出先を、文書で本人に伝える
- 病状が落ち着いた段階で、改めて開示を検討する
開示にあわせて主治医が内容を説明する機会を設けるのは有益です。ただし、医師の立ち会いを開示の条件にすることは、開示を受ける機会を不当に制限するおそれがあるとして、厚生労働省の通知で不適切とされています。
断り方を誤ったときのリスク
本人が開示を求めて裁判を起こすには、原則として事前に開示を請求し、それが届いてから2週間を経過している必要があります。ただし、医療機関がその請求を拒んだときは、すぐに訴えを起こすことができます(個人情報保護法39条)。正当な理由のない開示拒否は、損害賠償の対象にもなり得ます。歯科医師が書式の不備などを理由にカルテ開示を拒んだ事案で、慰謝料と弁護士費用あわせて22万円の支払いを命じた裁判例もあります(東京地裁平成23年1月27日判決)。金額以上に、患者さんとの信頼関係や、その後の紛争に与える影響が大きいことにも注意が必要です。
弁護士に相談するメリット
開示するかどうかの判断は、主治医の医学的な見立てと、法律・指針の要件の両方にかかわります。弁護士に相談すると、次のような点で判断の見通しが立ちます。
- 開示を控える部分とその理由が、法律と指針に照らして通るものかを、開示前に確認できる
- 一部開示や不開示を伝える文書を、後の紛争も見据えた内容で整えられる
- 家族からの請求など、請求できる立場かどうか迷う場面を相談できる
- 開示をきっかけに医療過誤の主張や証拠保全に進んだ場合も、続けて対応を任せられる
よくあるご質問
Q. 「病状が悪化するかもしれない」という理由だけで断れますか?
それだけでは足りません。ガイダンスは、個々の事例ごとに慎重に判断することを求めています。その患者のその時点の状態から、どの記載を読むとどのような悪影響が見込まれるのかを主治医が具体的に判断し、記録しておく必要があります。多くの場合は、該当する部分だけを伏せる一部開示で対応することになります。
Q. 家族から聞いた内容が書かれた部分は、どうすればよいですか?
情報を提供した家族の同意なく本人に伝えることで、人間関係の悪化など家族の利益を害するおそれがある場合は、その部分を伏せることを検討できます。家族に開示してよいかを確認し、同意が得られれば、そのまま開示することもできます。
Q. 開示を求める理由を聞いてもよいですか?
指針は、開示を求める理由の記載を要求したり、理由を尋ねたりすることは不適切としています。開示するかどうかは、請求の理由ではなく、断れる場合にあたるかどうかで判断します。
精神科のカルテ開示のご相談は当事務所へ
大元・秋山法律事務所(広島市中区・八丁堀)では、医療機関側の立場で、カルテ開示への対応や、開示をめぐる患者さんとのトラブルのご相談をお受けしています。開示を求める書面が届いたばかりの段階でも、開示するかどうかを決める前でも構いません。どこまで開示し、何をどう伝えるかを一緒に整理します。
