未払いの残業代は、給料日ごとに古い分から時効で消えていきます。2020年4月1日以降に支払期日が来た分は3年、それより前の分は2年です。1日8時間・週40時間を超えて働いた時間には割増賃金が発生し(労働基準法37条)、「管理職だから」「固定残業代を払っているから」という説明だけで、その義務がなくなることはありません。
「うちの会社は残業代が出ない」。そう聞かされて、そういうものかと働き続けてきた、という方は少なくありません。
けれど残業代は、会社が払うかどうかを選べるものではありません。法律が支払いを命じている賃金です。そして残業代には時効があり、迷っている間にも、毎月ひとつずつ古い分から請求できなくなっていきます。
この記事では、いつまでの分を請求できるのか、いくらになるのか、記録が手元にないときはどうするのか、という順で説明します。ご自分の状況に近いところから読んでいただいて構いません。
残業代の支払いは法律上の義務
法定労働時間(原則として1日8時間・週40時間)を超えて働いた分には、割増賃金が発生します(労働基準法37条)。会社の規模も業種も関係ありませんし、「うちにはそういう制度がない」という説明に法的な意味はありません。
就業規則に書かれていなくても、雇用契約書に「残業代は支給しない」と書かれていても、労働基準法に反する部分は無効です。
いくらになるのか――割増率と計算のしかた
割増率の一覧
- 時間外労働(月60時間まで)――1.25倍
- 時間外労働(月60時間を超える部分)――1.5倍
- 時間外労働+深夜(22時〜翌5時)――1.5倍
- 時間外労働(60時間超)+深夜――1.75倍
- 法定休日の労働――1.35倍
- 法定休日+深夜――1.6倍
深夜にあたる時間は、どの区分にも一律で0.25を足すと考えると分かりやすいです。
月60時間を超える部分の1.5倍は、以前は大企業だけの扱いでしたが、2023年4月1日から中小企業にも適用されています。「うちは中小だから関係ない」という説明は、もう通りません。
なお、ここでいう60時間に法定休日の労働は入りません。一方、週休2日のうち法定休日でない方(法定外休日)に働いた分は、時間外労働として60時間に数えます。
1時間あたりの単価を出す
割増率を掛ける前に、1時間あたりの賃金(基礎時給)を出します。月給制の場合は、月給をその月の所定労働時間数で割ります。所定労働時間が月によって変わる会社に限り、1年間の1か月平均を使います。
ここで多くの方が誤解されているのが、分子から引ける手当は7種類しかないという点です。
- 家族手当
- 通勤手当
- 別居手当
- 子女教育手当
- 住宅手当
- 臨時に支払われた賃金
- 1か月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与など)
これ以外は引けません。つまり役職手当も、皆勤手当も、資格手当も、基礎に含めて計算します。「基本給だけを160で割る」という計算をしている会社は珍しくありませんが、それは金額を低く見積もっていることになります。
計算してみる
月給30万円(内訳:基本給25万円、役職手当3万円、家族手当1万円、通勤手当1万円)、所定労働時間が月160時間、その月の残業が40時間だった方の例です。
引けるのは家族手当と通勤手当の2万円だけ。役職手当3万円は引けません。
- 基礎時給=(300,000円 − 20,000円)÷ 160時間 = 1,750円
- 残業代=1,750円 × 1.25 × 40時間 = 87,500円
この状態が3年続いていれば、単純計算で300万円を超えます。実際には月ごとに残業時間も支払額も違いますから、給与明細を並べて1か月ずつ積み上げていくことになります。
「残業代は出ない」と言われがちなケース
ご相談でよく耳にする言い分と、実際のところを並べてみます。
- 「管理職だから」――労働基準法上の管理監督者にあたるかどうかは、肩書ではなく実態で決まります。次の章で詳しく触れます。
- 「固定残業代を払っているから」――固定分でカバーされるのは、設定された時間までです。それを超えて働いた分は別に支払いが必要ですし、そもそも固定残業代の定め自体が無効と判断されることもあります。無効と判断されれば、その手当は基礎時給の分子に加算されたうえで、残業代は全額が未払いとして扱われます。
- 「年俸制だから」――年俸制であることと、残業代が発生しないことは別の話です。
- 「タイムカードを切った後の作業は自主的なもの」――会社の指示があった場合はもちろん、黙認されていた場合も労働時間です。
- 「みなし労働時間制だから」――事業場外みなし労働時間制は、労働時間を算定しがたいときに限って使えるものです。携帯電話で随時指示を受けている、訪問先と時刻が会社に把握されている、といった事情があれば認められません。
管理職でも請求できることがあります
労働基準法41条2号の管理監督者にあたると、労働時間・休憩・休日の規定が適用されません。ただし、その判断は肩書ではなく、次の三つを実態で見ます。
- 職務内容と権限――経営者と一体といえるだけの権限があるか。採用・人事考課・予算の決定に関与しているか。
- 勤務の態様――出退勤の自由があるか。遅刻や早退で賃金を引かれていないか。
- 待遇――地位にふさわしい手当が支払われているか。部下と比べて逆転していないか。
店長や課長という肩書でも、シフトに縛られ、決裁権もなく、手当も数万円というのであれば、管理監督者とは認められにくいでしょう。いわゆる名ばかり管理職です。
そしてもう一点、見落とされがちなことがあります。管理監督者であっても、深夜割増(0.25)は発生します。41条が適用を除外しているのは労働時間・休憩・休日の規定で、深夜業の割増を定めた37条4項はそこに含まれていないからです。深夜まで働いている管理職の方は、この分だけでも請求できます。
時効――いつまでの分を請求できるか
賃金の請求権は、支払期日から3年で時効にかかります(労働基準法115条、附則143条3項)。正確には、2020年4月1日以降に支払期日が到来した分が3年、それより前の分は2年です。
大事なのは、「直近3年分」とひとまとめにできないことです。時効は月ごとに進みます。
たとえば毎月25日が給料日の会社で、2026年9月に請求を始めるとします。このとき請求できるのは、2023年9月25日払いの分から先です。10月に入れば2023年10月25日払いの分から、というように、1か月待つごとに1か月分が消えていきます。先ほどの計算例(月87,500円)なら、迷っている1か月で9万円近くが消える計算になります。
内容証明郵便で請求すれば、時効の完成をいったん先送りできます(催告。民法150条)。ただしこれは6か月の猶予にすぎず、その間に裁判上の請求などをしなければ、結局は時効が完成します。内容証明は「出しておけば安心」というものではなく、そこから先の段取りとセットで考えるものだとお考えください。
証拠を集める――手元に何もなくても
残業代の請求は、働いた時間をどう示すかがほとんどすべてです。
証拠にはおおよその強弱があります。
- 強いもの――タイムカード、勤怠システムの記録、入退館の記録、パソコンのログオン・ログオフ記録
- 次に強いもの――業務メールやチャットの送信時刻、シフト表、業務日報
- 補助になるもの――手帳やスマートフォンのメモ、家族へのメッセージ、交通系ICカードの履歴
手書きの記録でも、毎日きちんと付けられていて、他の資料と矛盾がなければ証拠として通用します。「自分で書いたものだから意味がない」と捨ててしまわないでください。
会社にある記録を出させる
手元に何もないという方も少なくありません。その場合でも方法はあります。
会社には、労働時間の記録を保存する義務があります(労働基準法109条。当分の間3年間)。まずは弁護士から開示を求め、応じない場合は、労働審判や訴訟の中で裁判所を通じて提出を求めます。裁判所の求めに応じないまま「記録はない」と言い張れば、こちらが示した概算の方が採用されやすくなります。
在職中であれば、辞める前に手元へ写しを取っておくに越したことはありません。退職を考えている段階でご相談いただければ、何をどう残しておくかからお話しします。
請求の流れ
- 残業代の計算――給与明細と勤怠の記録をもとに、月ごとに未払額を積み上げます。
- 内容証明郵便での請求――会社に支払いを求めると同時に、時効の完成を先送りします。弁護士名で出しますので、以後のやり取りは当方が窓口になります。
- 交渉――多くの事案は、この段階で決着します。会社としても、労働審判や訴訟に進めば記録の開示を迫られ、付加金の負担も出てくるためです。
- 労働審判――交渉がまとまらなければ裁判所へ申し立てます。労働審判は原則として3回以内の期日で終わる手続きで、申立てから解決まで3か月前後が目安です。広島では広島地方裁判所(中区上八丁堀)で行われ、当事務所から徒歩圏内です。
- 訴訟――労働審判で決着しなかった場合や、争点が複雑な場合は訴訟になります。訴訟では、裁判所が未払額と同額までの「付加金」の支払いを命じることがあります(労働基準法114条)。これは訴訟で請求しなければ発生せず、命じるかどうかも裁判所の裁量です。ただ、会社側にとっては負担が倍になりうる話なので、交渉の材料にはなります。
在職中でも請求できます
残業代請求は、辞めた人だけのものではありません。在職中の請求も当然にできますし、請求したことを理由とする解雇や配置転換、嫌がらせが正当化されることはありません。
とはいえ、働き続けながら会社と争うことに現実的な悩みがあるのはもっともです。まず匿名で計算だけしてみる、退職の時期と合わせて組み立てる、といった進め方もあります。ご事情を伺ったうえでご提案します。
弁護士に依頼するメリット
- 除外できる手当の扱いや月60時間超の区分など、間違えやすい計算を正確に行えます
- 会社とのやり取りをすべて引き受けますので、ご本人が直接対応する必要がなくなります
- 会社が記録を出さない場合に、裁判所を通じて提出を求められます
- 固定残業代の有効性や管理監督者性といった争点に、裁判例を踏まえて反論できます
- 労働審判や訴訟まで見据えて、最初から証拠と主張を組み立てられます
よくあるご質問
Q. 課長職ですが、残業代は請求できますか。
可能性は十分にあります。管理監督者かどうかは実態で判断されますので、出退勤の自由がない、決裁権がない、手当が乏しいといった事情があれば、肩書が課長でも請求できます。仮に管理監督者と認められる場合でも、深夜割増は別に請求できます。
Q. 退職してからでも請求できますか。
できます。ただし時効は退職後も進みますので、退職された方こそお早めにご相談ください。
Q. 証拠がほとんど手元にありません。
給与明細と、働き方についてのご記憶だけでもご相談いただけます。会社にどう開示を求めるかを含めて、一緒に考えます。
Q. 会社を辞めたくないのですが、請求すると居づらくなりませんか。
請求を理由とする不利益な取扱いは違法です。実際には、弁護士が窓口になることでかえって直接の摩擦が減ることが多いです。進め方のご希望は必ず伺います。
Q. だいたいいくらになるか、先に知りたいのですが。
給与明細(直近のもの1枚でも構いません)と、おおよその残業時間が分かれば、その場で概算をお出しできます。労働問題のページに計算の目安も置いています。
Q. 費用はどれくらいかかりますか。
ご相談は初回30分無料です。着手金・報酬金は費用のページに掲載しています。
残業代請求のご相談は当事務所へ
大元・秋山法律事務所(広島市中区八丁堀)では、残業代の計算から交渉、労働審判・訴訟まで一貫してお受けしています。
時効は待ってくれません。給料日が来るたびに、ちょうど3年前の分が請求できなくなっていきます。まずは給与明細をお手元に、お電話かフォームでご連絡ください。
082-221-2221(平日9:30〜19:00)
