亡くなった方の預金を相続人の一人が引き出していた場合、生前の引き出しは不当利得(民法703条)または不法行為(同709条)として、ほかの相続人が自分の法定相続分に応じて返還を求められます。亡くなった後の引き出しは、民法906条の2により遺産に戻して分け方を計算できます。取引履歴は相続人の一人が単独で金融機関に開示請求できます(最高裁平成21年1月22日判決)。
相続のご相談で、残高がほとんどない。あるいは、亡くなる前の数年間に、まとまった金額が何度もATMから引き出されている。同居していた兄弟姉妹に尋ねても「介護にかかった」「本人に頼まれた」と言われ、それ以上話が進まない。こうした状況は、実務では「使い込み」や「使途不明金」と呼ばれます。
「使い込み」が問題になる二つの場面
同じ引き出しでも、亡くなる前か後かで法律上の扱いが変わります。生前に、本人の同意なく引き出されていたケース。これは本人の財産権を侵害したものとして、本人が持っていた返還を求める権利を相続人が引き継ぐ形になります。もう一つは、亡くなった後、口座が凍結される前に引き出されたケースです。こちらは遺産そのものが減らされた問題として、遺産分割の中で扱えます。
どちらの場面でも、引き出した側からは「生活費や介護費に使った」「本人にもらった」という反論が出ます。争いの中心は、結局のところ「本人の意思があったか」と「何に使われたか」の二点に絞られていきます。
最初にやるべきことは取引履歴の取得です
通帳の写しを見せてもらえない、あるいは通帳自体が見当たらない。そう聞くと手詰まりに感じるかもしれませんが、預金の取引履歴は、相続人の一人が単独で金融機関に開示を求めることができます。共同相続人全員の同意は要りません(最高裁平成21年1月22日判決)。戸籍と本人確認書類で相続人であることを示せば、窓口で手続きできます。
取り寄せたら、引き出しの日付・金額・窓口かATMかを一覧にします。今はAIの発展でこの手の作業は圧倒的に楽になりましたし、最初からエクセルでまとめてくださる依頼者様もいらっしゃいます。
あわせて、その時期の本人の状態を示す資料も集めます。介護保険の認定記録、入院や施設入所の記録、診療録などです。本人が自分で銀行に行ける状態だったのか、判断能力があったのかは、後の争点に直結します。当然、寝たきりの被相続人は自分で引き出しはできませんし、「頼まれた」とする時点において認知症が進行していた場合には、その意思も怪しいと言わなければなりません。
生前の引き出しは「不当利得」か「不法行為」で請求します
本人の同意なく引き出して自分のものにした場合、引き出した人は法律上の原因なく利益を得たことになります。これを不当利得として返還を求めるのが基本の構成です(民法703条・704条)。悪質な場合には、不法行為に基づく損害賠償請求(同709条)も検討します。
請求できるのは、引き出された額の全部ではなく、自分の法定相続分に相当する部分です。本人が持っていた返還請求権を、相続人が相続分に応じて引き継ぐためです。たとえば1,000万円が引き出され、あなたの法定相続分が4分の1なら、請求額は250万円が基準になります。
期限にも注意が必要です。不当利得は、権利を行使できることを知った時から5年、または権利を行使できる時から10年で時効にかかります(民法166条1項)。不法行為の場合は、損害と加害者を知った時から3年、行為の時から20年です(同724条)。発見が遅れた事案では、どちらの構成を取るかで結論が変わることがあります。時効に掛かっていない場合、両者を並べて検討することが多いです。
亡くなった後の引き出しは遺産分割の中で戻せます
相続開始後に遺産の一部が処分された場合について、民法には明文の規定があります(906条の2)。共同相続人全員の同意があれば、処分された財産を遺産分割の対象に含めることができ、処分した本人の同意は要りません(同条2項)。つまり、勝手に引き出した相続人が「もう遺産にはない」と主張しても、引き出した分を遺産に戻して分け方を計算できるということです。
この条文が使えるのは、あくまで相続開始後の処分に限られます。生前の引き出しには適用されず、前の項目で述べた不当利得や不法行為の問題として別に扱う必要があります。ここを混同すると手続きの選び方を誤るので、時系列の整理が欠かせません。
「本人に頼まれた」「もらったものだ」と言われたら
引き出した側が本人の意思を持ち出すのは、ほぼ例外なくあることです。本人が自分の意思で贈与したのなら、使い込みにはあたりません。ただしその場合でも、その贈与が特別受益(民法903条)にあたれば、遺産分割の際に相続分の前渡しとして計算に入れる余地があります。取り戻すのではなく、分け方で調整する道です。
もっとも、特別受益や寄与分の主張は、相続開始から10年を経過すると原則としてできなくなりました(民法904条の3)。古い相続ほど、この期限が問題になります。
本人の意思があったといえるかどうかは、当時の判断能力と密接に関わります。認知症の診断があり、金銭管理ができない状態だった時期の引き出しであれば、「頼まれた」という説明は通りにくくなります。医療や介護の記録が意味を持つのはこのためです。
当事務所においては意思能力を事後的に鑑定していただくべく、精神科医・脳神経内科医等にご協力を頂きながら、意思能力について裁判所に分かりやすい形で訴訟進行をして来た自負がございます。
請求の進め方と、手続きの選び方
まずは取引履歴と資料をそろえ、相手に説明を求めます。この段階で使途が明らかになり、納得できる形で決着することもあります。特に被相続人の面倒を見ておられた方に対し、逐一領収書を求めることは酷な場合もありますし、被相続人の生活の面倒をみるに際して平均的な支出を細かく指摘しても感情的な対立が深まるだけの場合もあります。話し合いで進まなければ、弁護士名で内容証明を送り、それでも応じなければ裁判所の手続きに移ります。
ここで一つ知っておいていただきたいのは、家庭裁判所の遺産分割調停では、生前の使い込みの問題は当事者全員が合意しない限り原則として取り上げられないという点です。生前の引き出しについて争うなら、不当利得返還請求や損害賠償請求として地方裁判所に訴えを起こすことになります。遺産分割と使い込みの請求を並行して進める場面も少なくありません。
弁護士に依頼するメリット
取引履歴の取得や資料の整理は、ご自身で始められることです。それでも早い段階でご相談いただきたいのは、次のような理由からです。
- 生前か死後か、不当利得か不法行為か、遺産分割か訴訟かという分岐を、事案に合わせて選べる
- 時効の管理と、金融機関の保存期間が切れる前の証拠確保ができる
- 親族との直接のやり取りを弁護士が引き受けるので、親族との直接のやりとりが減り、心理的負担を減らせる
- 相手側の反論(介護費・贈与・本人の意思)に対し、記録に基づいた反証を組み立てられる
よくあるご質問
Q. 通帳を持っている兄が見せてくれません。それでも調べられますか?
調べられます。取引履歴は相続人の一人が単独で金融機関に請求できるため、通帳を持っている人の協力は必要ありません。どの金融機関に口座があったか分からない場合は、郵便物や確定申告の控えなどから当たりをつけていきます。
Q. 引き出されたのが10年以上前です。もう無理でしょうか?
一律に無理とはいえません。不当利得の時効は、権利を行使できることを知った時から5年という起算点もありますし、不法行為には行為の時から20年という枠があります。ただし金融機関の取引履歴がさかのぼれない場合、立証の壁は高くなります。まずはいつの引き出しかを特定するところから始めます。
Q. 費用はどのくらいかかりますか?
請求額(経済的利益)を基準に着手金と報酬金を定めています。目安は弁護士費用のページをご覧ください。初回のご相談は30分無料で、その場で見通しと費用の概算をお伝えします。
相続財産の使い込みのご相談は当事務所へ
大元・秋山法律事務所(広島市中区・八丁堀)では、預金の使い込みや使途不明金を含む相続全般のご相談をお受けしています。取引履歴をまだ取っていない段階でも構いません。何から手をつけるべきかを一緒に整理します。
