休憩中に何気なく撮った病棟の写真。ナースステーションの動画。「今日は本当に大変だった」という短い書き込み。投稿した職員に悪意がなくても、画面の端に写り込んだ患者名簿や電子カルテのモニター、ベッドの上の患者さんの姿から、個人が特定されてしまうことがあります。2026年10月にも、勤務中の看護師が入院患者を無断で撮影した動画をSNSに投稿した事案が報じられました。気づいたとき、病院はその日のうちに何をするか。そこから先の報告、処分、再発防止までを見ていきます。
写り込みから、患者さんは特定される
患者さんの顔写真や氏名はもちろん、写り込んだカルテ画面や検査画像、病室の様子、投稿者が添えた文章の断片からでも、ご本人が特定されることがあります。
写真や動画、音声も、個人情報に含まれます。写真だから大丈夫、とは言えません。個人情報保護委員会が2022年11月に出した注意喚起は、手術動画について、診療録などと容易に照合して特定の患者さんを識別できれば「個人情報」、検索できるように体系的に管理されていれば「個人データ」にあたると整理しています。この基準に照らせば、電子カルテの画面や患者名簿が写り込んだ投稿は、個人データの漏えいにあたります。病室の患者さんが映った動画は、管理の状況等に照らして、個人データにあたるかを個別に判断します。個人データにあたらない場合でも、医療従事者としての守秘義務の問題は残ります。
2026年には、看護師がSNSの限定公開機能を使ってカルテ画像を投稿し、第三者のまとめ投稿から病院が事態を把握した、と報じられた事例もあります。
投稿に気づいたら、その日のうちに何をしますか
その日のうちに進めるのは、投稿の内容と公開範囲の証拠保全、投稿した職員本人による削除、第三者による転載・拡散の有無の確認、の3つです。順番は、保存が先、削除が後です。投稿のURL、投稿日時、画面のスクリーンショット等を残さずに消してしまうと、どの範囲の情報が流出したのか、後から調べられなくなります。
削除を指示したら、投稿した職員から聴き取ります。誰が撮影し、何が写っていて、公開範囲はどう設定されていたか。ほかのSNSにも投稿していないか。並行して、病院の管理者と個人情報保護の責任者へ速やかに報告し、写り込んでいた患者さんを特定します。
職員本人が元の投稿を消しても、すでに第三者が保存した画像や動画のコピーが、ネット上に残ることがあります。他のサイトや別のアカウントへ転載された投稿の削除には、各SNS運営会社への削除申出や、裁判所の仮処分手続等が必要になります。具体的な手続はネット上の書き込みの削除のページでご案内しています。
国への報告と、患者さんへの連絡
投稿の内容が個人データの漏えいにあたる場合で、そこに要配慮個人情報が含まれるときは、個人情報保護法26条に基づいて、個人情報保護委員会への速報、30日以内の確報、そして患者さんご本人への通知が必要です。
診療を受けた事実が分かるカルテ画像や患者名簿は、要配慮個人情報を含む個人データです(法2条3項、同法施行令2条3号)。実際に漏えいした場合だけでなく、「漏えいが発生したおそれがある」段階でも、報告の対象になります(同法施行規則7条1号)。事態を知ったら、速やかに、目安として概ね3〜5日以内に速報を入れます。確報は、知った日から30日以内、不正の目的をもって行われたおそれがある場合は60日以内です(施行規則8条)。
特定できた患者さんには、病院の責任者から直接、どんな情報が投稿されたのか、いまどう対応しているのかを、誠実に説明するのが基本です。個人情報保護委員会の通則ガイドラインは、事実関係と再発防止策を対外的に公表することが望ましいとしています。事案の影響に応じて、公表するかどうかも早めに検討します。
職員と病院が問われる責任
職員個人の刑事上の責任として、医師・薬剤師・助産師には刑法134条、看護師・准看護師・保健師には保健師助産師看護師法42条の2と44条の4が適用されます。違反の罰則は、いずれも6月以下の拘禁刑または10万円以下の罰金です(2025年6月1日より拘禁刑に改正)。
どちらも被害者の告訴がなければ起訴されない親告罪です(刑法135条、保助看法44条の4第2項)。看護師などは、免許を失ったあとも、業務上知り得た秘密を守る義務を負います。ほかの医療資格者にも、それぞれの資格法に守秘義務の規定があります。医療事務職員のように資格法の罰則が直接は及ばない職種でも、就業規則や不法行為(民法709条)の問題になり得ます。
病院側にも義務があります。個人データの安全管理措置(個人情報保護法23条)と、従業者の監督義務(同法24条)です。個人情報保護委員会は、院内の内規に違反して医師が手術動画を外部へ提供した事案で、従業者の内規違反は、病院が必要かつ適切な安全管理措置を講じていなかったことの証左ともいえる、と指摘しています。さらに、患者さんに精神的苦痛等の損害が生じれば、病院が使用者責任(民法715条)に基づく損害賠償請求を受けることもあり、勤務中の撮影か私的な投稿かといった点で、責任が認められるかどうかの判断が分かれ得ます。
投稿した職員を、どこまで処分できますか
職員の行為が就業規則の懲戒事由にあたる場合で、行為の性質や態様その他の事情に照らして客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当と認められる範囲であれば、懲戒処分ができます。この要件を欠く処分は無効です(労働契約法15条)。
最高裁判所の判例でも、懲戒処分にはあらかじめ就業規則に懲戒の種類と事由を定めて周知しておくことが不可欠とされています(最高裁平成15年10月10日判決)。処分の重さを考えるときは、勤務時間中の撮影か、患者さん個人が特定できる内容か、悪意や揶揄の目的があったか、拡散の規模、発覚後の削除や謝罪の態度、日頃の院内研修の実施状況、過去の処分例との釣り合いなどが見られます。
実際の手順は、客観的な事実確認、本人に弁明の機会を与えること、就業規則上の根拠条文の確認、処分の決定と本人への通知の順です。本人から先に退職届が出ても、事実関係の聴き取りは省かないでください。職員の懲戒や労務管理については、医療機関の労務のページでも詳しく解説しています。
再発を防ぐために決めておくこと
規程に明記するのは、院内での私的な撮影の禁止範囲、業務上知り得た情報を個人のSNSアカウント等に書き込まないルール、不適切な投稿を見つけたときの院内の連絡窓口です。入職時と定期の研修で周知し、守秘義務に関する誓約書を取ります。
規程や誓約書には、友人限定などの「限定公開」でも禁止対象であること、退職したあとも守秘義務が続くことを書きます。病棟に私物のスマートフォンを持ち込むときのルールも、あわせて整理しておきます。一方で、業務と無関係な私生活の表現活動まで過度に制限する規程は、合理性の説明が難しくなります。規制の対象は、「業務上知り得た情報」と「院内・施設内での無断撮影」に絞っておくほうが、無理がありません。個人情報保護委員会と厚生労働省の医療・介護関係事業者向けガイダンスも、離職後を含む守秘義務、教育研修、報告連絡体制の整備を、安全管理措置の例として挙げています。
患者さんやご家族による院内の撮影への対応は、患者の院内での無断録音・撮影への対応のコラムをご覧ください。
弁護士に相談すると
投稿の内容と発覚の経緯をうかがうところから始めます。個人情報保護法26条の報告対象にあたるかの検討、患者さんやご家族への説明方針の整理、当該職員への聴き取りと懲戒処分の妥当性の検討、再発防止のための規程改定まで、続けてお手伝いします。
事案ごとに事情が異なるため、結果はお約束できません。ただ、発覚した直後であれば、法的な根拠に基づいた対応の記録を、最初から残せます。
よくあるご質問
Q. 投稿をすぐ削除させれば、報告も患者さんへの連絡も要らないのですか?
削除させたからといって、報告や通知が要らなくなるとは限りません。個人情報保護委員会の通則ガイドラインは、第三者に閲覧されないうちに全て回収できた場合は漏えいにあたらないとしています。ただ、SNS上の投稿は、削除されるまでの間に誰かが閲覧・保存していないことを証明するのが難しいのです。インプレッション数(表示回数)やアカウントの公開範囲を、正確に確認する必要があります。
Q. 限定公開のアカウントへの投稿でも、守秘義務違反になりますか?
限定公開であっても、守秘義務違反にあたり得ます。刑法134条や保健師助産師看護師法42条の2の条文は「秘密を漏らしたこと」を要件にしていて、全体公開か友人限定かで区別していません。限定公開の範囲にいる知人が画面を保存して外へ転載すれば、結果として広く拡散します。
Q. 自宅で勤務時間外に投稿した場合も、処分できますか?
業務を通じて知り得た患者さんの情報なら、自宅から勤務時間外に投稿しても、守秘義務の対象です。懲戒処分ができるかどうかは、就業規則の定めと、投稿内容や影響に照らした処分の相当性で判断されます。
医療機関の職員対応のご相談
大元・秋山法律事務所(広島市中区八丁堀)は、医療機関を運営する側から、職員のSNS投稿等による情報漏えいが起きたときの初動、懲戒処分の検討、院内規程の整備のご相談をお受けしています。ご予約・ご紹介の方は初回30分無料です。
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